カテゴリ:昔々のバイクライフ( 7 )

昔々・・・1992年 XR250(ME06)導入!

弟の友人がME06(90)を購入したというのを聞いたことがあった・・・・。
と思い出し、ダメもとで弟に交渉をお願いしてみる。
すると、
「ちょうど車買ったばかりで金欠なんです」
と・・・・・
「いくらなら買ってくれます?」
等と売る気満々。

聞いてみると、ダート走行が殆ど無い上に走行距離も4000kmほど。
考えた挙句
「25でいかが・・・」
と切り出してみると
「いいですよ~♪」
で、即決!

ちょっと高かったかなぁと思いながらも、こんな程度のいいME06は探しても無いだろうと自分に言い聞かせました。

で、当時のバイクと当時の家内と当時のクルマと近所の子・・・&現在の我が家の一部(当時)。
d0053409_21132041.jpg

親子みたいでしょw。

バブルの絶頂期で金利が急上昇し、ローンの金利に押しつぶされそうになったのを理由に家を買い替えて、どん底の経済状況でありながら暴挙に出た・・・・・・・今と同じジャン(爆)。

いずれにしろ、思い立ったら手段を選ばない時期でしたw・・・若かったなぁ(爆)。

ラリーレイドに興味があったものの資金難(当たり前か)で思うように行かず、もっぱらツーリングに使用してました。
思えば、林道ツーリングなるものもME06あればこそで、初めてだったと思います。
そんな林道ツーリングのひとコマを
d0053409_2140948.jpg


青木ヶ原探索(怖かった)
d0053409_21405493.jpg


どこだろう?
d0053409_21413516.jpg


おそらく最初に行った林道が中津川だと思います。
当時の埼玉県側の入り口は狭い上に日が当たらず、ウエットコンディションでしたが、嬉しくて空け空けで行きました。
「何でそんなに速く走れるの?」
とは、三国峠で皆を待っていた自分に最初にかけられた言葉です。
(今は逆の立場(涙))

速いわけではないのですが、メリハリをつけて走るとそう思われるようです。
あの頃もコーナーは慎重でした(笑)。

富士山周辺の一泊ツーリングでは、樹海に入ったり、川原へ降りたりしてましたが、忘れられないのが・・・・・確か南アルプス辺りの林道で、かなりの距離があったと・・・・・夜叉神峠付近だったような・・・・・。
素彫りのトンネルがイッパイあって、それが直角に曲がってたり・・・・・トンネル内は大きな窪みが沢山あって、びしょぬれになった・・・・・あそこは・・・・どこでしたっけ?
(hassieさんから有力な情報聞いたのに忘れた(笑))

楽しい仲間たちでした。

それから1年(1993)。
牧丘で2日間のラリーが開催される・エントリーフィーも高くない・近いから気軽!
と仲間を誘い、4名でエントリー。

牧丘2Daysラリーに出ることになります。
(ラリー出場は本来の目的だもんね!)
by kyoikyoi | 2005-11-16 21:58 | 昔々のバイクライフ

昭和61年(1986)以降は・・・・・。

エンデューロにはまっていたとは言っても、毎月のように出ていたわけではなく、お金も無かった(今でも)のでそこそこです。

YZ125は、レースごとにキャブを外して分解。
清掃しながらの晩酌もおつでした。
セッティングは、分からなかったのと譲り受けた状態が非常に良かったのでそのままで。
低速トルクもあり、回せばパワーも出ていて、自分にとっては完璧でした。
あの時代のレーサーって初心者にも優しかった気がするなぁ・・・・・。

錆びてきたチャンバーを外して、耐熱塗料(つや消しブラック)で塗り直したり。
そのときリヤサスがWPだってことに気がついたり。
組みあがると、近所をノーヘルで走り回ったり・・・・・(良い子はまねしないようにしましょう)。

主に走っていたのが、桶川のセーフティーパーク埼玉。
モトロマン主催のレースが多かったかも。
GARRRカップも何度か出ました。

そんな折、川越で「モトクロスごっこ」なるイベントが始まり、基本を習おうと思ってエントリーしました。
超初心者ばかりかと思いきや、フリー走行ではレース並みのバトルになって気が抜けなかった。
そんな参加者を察して福本さんは、ジャンプの基本や、ウォッシュボードの基本などもレクチャーしてくれました。
出来たばかりのオフロードビレッジは適度に湿った土がいい感じで走りやすかったです。

そのとき借りたバイクに非常に興味を覚え、帰宅後にかかってきた福本さんからの電話で、注文しちゃいました。
そのバイクは・・・・・・・・・・XR100R!

これで、ウエストポイント主催のレースにも出るようになりました。
ウエストポイントとのお付き合いで最大の後悔が、YZ125を手放してのCR250(88)購入です。
(金無い割には良く買うなぁ・・・・w)

「125よりトルクがあって、かえって乗りやすいですよ」
・・・・・・・・・・とんでもないです。
怖くてアクセル開けられません。
体が置いていかれます。
何と言っても硬いサスペンションと、強力なブレーキ!
前転2回しました。

それでも何度か桶川にも行き、ジャンプの練習などして、モトロマンのエンデューロにも出ました。

そんなある日、スイングアームの付け根のボルトが外れかかっていて、曲がったまま残っていたのを発見し、どうしようかと思いながらも職場に放置していた6月、盗まれました・・・・・・・。
おそらく・・・・・1991年頃だと思います・・・・・・。

その後はXR100で飯倉まで行ったこともありました。

その頃、オフロード界では町おこしエンデューロや町おこしラリーなるものが流行り始めていて、自分の興味もオープンエンデューロへと変わって行きます。

ナンバーつきの車体が無性に欲しくて仕方が無い時期で、無理だとは思いつつもXR250(ME06)が脳裏を離れなくなりました。

・・・・・・・・・・今回は写真無し。見つかんなかった。・・・・・・・・・・
by kyoikyoi | 2005-10-12 21:33 | 昔々のバイクライフ

昭和63年ごろ・・・。

昭和61年(1986)は息子が生まれた年。
昭和63年(1988)は娘が生まれた年。

おそらくこの間はバイクに乗ってなかったような気がします。
スーパーバイカーズにしたRH250も早く売ってしまい、YZ125で遊んだ記憶もそれほど多くないです。
通勤は主に車(シャレード:ターボディーゼル)で、ひたすら貯金に明け暮れていたような気がします(もう二度とないであろうなぁ(笑))。
元来、貯金が出来る体質ではないので(爆)。

そのころ、住宅ローンを背負い始め、職場が替わって(田無→久喜)生活が一変します。

そんな折、またまた何を考えたのか、3時間エンデューロにエントリーします。
マシンは前出のYZ125。
きっかけの一つとして、友人から ホンダ アクティー を仕入れた(3万円くらい)のが効いているかもしれません。
リヤエンジンのこの軽1Boxは、YZ125がぴったり収まりました。

弟と二人で行きました。

初めてのエンデューロレースなのに加えて、ろくに練習もしないまま、興味だけでエントリー。
(若いなぁ)
ダートキング主催の3時間エンデューロは相模川の河川敷で行われました。
出番を待つYZ125&トランポのアクティーちゃん。
d0053409_20235100.jpg

驚いたことにゼッケンは「1」だったんですねぇ。
偉そうです(笑)。

結果は散々でした。
レース中の自分は
d0053409_2028381.jpg

かなりビビリモードで、腰が引けてますね。
ここはフロントが浮くくらいアクセル開けてないといけませんなぁ(笑)。
砂のウォッシュボードは難しかった・・・・・。
d0053409_2041456.jpg

中央は弟です。

だいたいが、この泥だらけなのは既に数回コケた証拠。
中でも、フロントからコケた直後に後続車に轢かれた後は、肘と足を痛めてしまい、終了まで弟に走ってもらったのを憶えています。
帰りの道中は悲惨でした。

おびただしい汗と、経験したことの無い消耗で、帰った後の体重は6キロ減でした。
(死ぬかと思った!)

ところがこの後、エンデューロにはまりはじめます。
(つづく)
by kyoikyoi | 2005-10-05 20:42 | 昔々のバイクライフ

昭和61年頃

先輩の友人から譲っていただいたYZ125で遊んでました。
整備中で分解されているまま引き取って、組もうとしたものの足りない部品があったりで結構苦労しました。
何で欲しくなったのかは未だに謎。
おそらく勢いで買ったのだろうと思います。

ろくにダート走ったこと無いのに、いきなりレーサー手に入れちゃうとこが若さだよなぁ。
Dakarで苦労してるのにHP2買うようなものか?
今では考えられません!(きっぱり)

当時の練習場所は浦安辺りの埋立地。
今の東京ディズニーランドのあたりかも。
弟が仕事に使ってたワンボックスに乗せて行ってました。

d0053409_18361552.jpg

弟は一緒だったのですが、この時CR80の持ち主も一緒だったかなぁ・・・・・。
一面サンドで、小さいのは乗り難かった。

d0053409_18382689.jpg

結構いましたよ。
殆どモトクロッサーで、ゼッケン付いてる人ばかり。
初心者の自分は抜かれまくりでした。

で、コケたり・・・・・。
d0053409_18411086.jpg


この後何を考えたか、意を決して全開でテーブルトップへと突き進み、アクセル戻さずにそのまま宙へ舞って、地面にたたきつけられました。
2秒後・・・・1メートル離れた所にバイクが落ちました。
(かなり驚きましたが、自分よりも他の人達が驚いたようで、数人の人が走って来てくれましたw)

とても広くて、ミニコースなどもあり練習には最適でした。(タダだし)
でもすぐにバリケードが出来て、進入できなくなりました・・・・・・・。

以下の画像から、今で言うどのあたりなのか分かります?
d0053409_18534284.jpg

d0053409_18535158.jpg

by kyoikyoi | 2005-10-02 18:54 | 昔々のバイクライフ

見っけ!

ガンマの写真が出てきました。
d0053409_2055284.jpg


よく見るとオプションフル装備。
シングルシート・アンダーカウル・メンテナンススタンド・・・・・。
こんな金あるわけ無いので、ローン間違いなし(笑)。

子供たちに「ガンマだぁ」と、指を指されたことは数知れず。
そのくらい脚光を浴びたバイクでした。

慣らしは3000回転まで・・と言われても、タコメーター3000回転からしか表示されてないので、タコが動かない範囲できっちり1000キロ走りました。
で、忘れもしない(新)青梅街道での、1000キロ到達の瞬間。
「ヨシ全開!」
5000回転を越えた瞬間、ロケットのような加速でハンドルを握る手は離れ、かろうじて引っかかった指二本でバクテンは免れました(爆)。

びっくりしたけど病み付きになってしまい、田無~奥多摩を結構な勢いで飛ばしてました。
そのときの燃費は、リッター9キロ・・・・・。
250のバイクとしては驚異的な低燃費(当時)。
慣らしのときが25キロくらい走ってたので、二重で驚きました。

軽井沢までの日帰りツーリング(このバイクで走る碓氷バイパスが大好きで良く行きました)で、関越を走っているとき「最高速チャレンジ」をしましたが、路面のつなぎ目で宙に浮く車体にビビッて、170キロ以上出せませんでした。(まだ余裕あり)
そろそろスピード落とそうかと思っているとき、追い越し車線の中央を走る自分を、同じ追い越し車線の左右からあっという間に抜き去った二台の「刀」が・・・・・。
「うわっ」と驚いたとき、その2人は片手はなして後ろを振り返ってました。
「信じられない・・・・・やーめた」と思って、走行車線に戻ろうとした瞬間、赤いトランザムが風のように走行車線を通り過ぎて行きました。
社会の怖さを思い知った瞬間でもありました(爆)。

あ~懐かしい!

(先週、写真整理してていろいろ出てきたので、ボチボチアップします。)
by kyoikyoi | 2005-09-26 21:25 | 昔々のバイクライフ

その後(昭和59~61年位?)

最初のバイクがKAWASAKI Z400LTDで、その後ひょんなことから初代レプリカ SUZUKI RG250ガンマ を買うことになりました。
写真が見当たらない(結構撮ったはずなのに)ので、コメントだけ。

これに乗ってから、いわゆるレプリカ系のバイクに興味がなくなりました。
全く自分に合わないカテゴリーでした。
5000キロ足らずで、知り合いのお子さんに譲りました。

高速コーナーは気持ちが良かったですが、タイトコーナーではフロントが切れ込んで怖い思いを何度も味わいました。(普通の交差点でもアクセル戻すと倒れそうになる)

でも、このバイクで思いで深いのは、まだ舗装されていない頃の「ぶどう峠」。
それまでも、購入に強く関わった東大の外科医とのツーリングでダートを何度も走らされ「何でこんなところを・・・」と思いつつ着いていったおかげで、知らないで入った「ぶどう峠」も転ぶことなく走りきりました。
(今は走りやすいですね>ぶどう峠)
これってWさんを中心とする最近の状況に似てるかも・・・・・。

時同じくして、規制前のハスラー(TS50)を仕入れてダートを走る日々が始まりました。
とは言っても、多摩川の川原で遊ぶ程度。
土手を登ろうとして、勢いあまって棹立ち・・・・・・なんてことしてた程度です。
このハスラーは狛江から田無までの通勤に使ってました。
夜の帰宅は20分かからないで走ったので、結構速かったかも。

その後、どういうわけだか(未だに謎) SUZUKI RH250 が欲しくてたまらなくなり、既に生産中止となっているところで探し回りました。
世はDT200Rの全盛期でした。
ある日、通勤途中の普通のバイク屋の前で信号待ちしていると、奥のほうからオーラを感じました。
ハスラーを歩道に入れて、バイク屋の前に立ち、奥のほうを覗き込むと、埃にまみれているものの、紛れも無く探しているものがありました。
新車には見えないくらいのひどい状態でしたが、価格も中古並みで即決!

だけど・・・・・・こいつでダート走った記憶が全く無いのですよ(不思議と)。
もっぱら通勤快速として使われまして、トラックとの衝突で入院した時に知り合ったバイクのメカニック(ロードレースの選手でもある)に、「スーパーバイカーズ(今で言うところのモタード)」にしたいといって、退院後預けた結果が以下です。

d0053409_20341380.jpg


前輪を18インチに落として、前後タイヤをTT300GPにしました。
写真には写ってませんが、チャンバー&サイレンサーはワンオフで、頭打ちの早かったエンジンに伸びを加えてもらいました。
こんなことやってるくらいだからダートはいってないことになりますよね。

でも、同じ頃の写真には
d0053409_20362076.jpg


こんなものもあって、既にYZ125を所有してたことになります。
この辺の記憶が曖昧で・・・・・・・・困る・・・・・・・・。

手前のRZ250は、弟のものです。
(これも良かったなぁ)

つづく・・・・・。
by kyoikyoi | 2005-08-29 20:38 | 昔々のバイクライフ

最初のバイク

ちょうど高校に入る頃、中型免許なるものが登場し、でかいバイク乗るなら「限定解除」を取らないといけなくなりました。

その頃はもっぱら友人のバイク(GT250)の後ろであくびをしてました。

金銭的に困難な状況に加えて、博打(マージャン)に明け暮れる日々だったので、興味はあったものの乗るところまでは行きませんでした。(親の反対も強力だった)
内緒で原付免許取得して、これまた友人のバイク(DAX)を借りて乗ってましたが、通学に使う程度で特にどうって事無かったです。

マージャンに夢中になっている上に、禁止されていたバイク通学をするなど、模範的(?)な都立高校生活はあっという間に終わり、進路もテキトーに決めて現在に至ってます(大爆)。

中型免許を取得したのは社会に出てから。
上司に無理行って、平日の午前中のみの教習で一週間で終わるコースに通いました。
そのときは平均台の規定タイムでもまだ半分ほどで、「一本橋なんて楽勝♪」と思っていたのに、大型取るときはそこだけで4時間オーバーでした(笑)。
(歳は取りたくない・・・・・)

そして初めて買ったバイクが写真右のZ400LTDでした。
d0053409_19372834.jpg


このバイクは欲しくて買った物ではありません。
先輩(左の人物)が、XJ400Spesialに乗り換えるというので、買わされました。
自分のカッコもかなりダサいです(笑)。

写真中央のバイクに注目してください。
この写真を撮った人物のバイクですが、当時としては珍しいトップケース装着。
ステーも自作と思わせるところが憎いです。
このケースは・・・・・・クラウザーでしょうか?。

結構いいバイクでしたよ。>Z400LTD
この400ccバーチカルツインは結構味のあるエンジンで、嫌いじゃなかったです。

この後数年して、この写真を撮った人物(東大の外科医)の影響で、出たばっかりのRG250γを買うことになります。
(つづく)
by kyoikyoi | 2005-08-14 19:47 | 昔々のバイクライフ